
【レーベル探訪】異端と知性の狭間で──Atatakレーベルの美学と軌跡
「どこにも属さない音」の居場所
1970年代末、ドイツ西部の小都市デュッセルドルフ。その地でひっそりと産声を上げたインディペンデント・レーベル Atatak(正式表記:Ata Tak)は、クラウトロック以降の音楽的真空に、新たな知的挑発と遊び心を持ち込んだ数少ない存在だ。
設立者は Moritz R®(本名:Moritz Reichelt。元Der Plan)と Frank Fenstermacher、Kurt Dahlke(後にDer Planのメンバーとしても知られる)という、ニュー・ジャーマン・アヴァンポップの担い手たち。彼らは音楽を「聴かせるもの」ではなく「提示するもの」として捉え、美術、理性、機械音、ユーモアが交錯する奇妙な空間を提示した。
1. 電子音の異邦人たち:Der Planという中枢神経
Atatakの中心的ユニットであるDer Planは、従来のロックやポップの文法を解体し、「シンセのDIY文化」と「ダダイズム的ポップ感覚」の融合を果たしたグループ。
たとえば1981年のアルバム『Geri Reig』では、プリミティブなドラムマシンとシュールな歌詞を融合させ、「ナチュラルで不自然」な世界観を打ち出している。これは、英米ポストパンクと並行しながらも独自のアプローチであり、Kraftwerkの合理主義とも、Throbbing Gristleのノイズ原理とも異なるものだ。
💡ポイント:Der Planは「ジャーマン・ニューウェイヴ(NDW)」の中でも、最も先鋭的かつ風刺的な存在として位置づけられる。彼らの音楽には無邪気な狂気がある。
2. サブカルチャーと電子音楽の実験場
Atatakが他のNDWレーベルと一線を画すのは、そのレーベルとしての編集美学だ。たとえば、以下のような作品群が注目に値する。
- Holger Hiller – Ein Bündel Fäulnis in der Grube(1983)
ex-Palais Schaumburgのヒラーによる初期ソロ。コラージュ的な音作りと奇怪なサンプリングは、後のミュージック・コンクレートやサンプラー文化の萌芽とも言える。 - Pyrolator – Ausland(1981)
Kurt Dahlkeの別名義作品。ジャーマン・エレクトロの実験的側面と、民俗音楽への接近が混在する、奇妙にしてスリリングな名盤。 - Andreas Dorau – Blumen und Narzissen(1981)
15歳でヒットを飛ばした「Fred vom Jupiter」で知られる異端児。Atatakから出たこのデビュー作は、アイロニカルなシンセ・ポップの金字塔。
Atatakのリリースには共通して、「ポップとは何か?」という根源的な問いがある。それは時にチープで、時に哲学的で、何よりも他に代えがたい個性がある。
3. グラフィックとサウンドの融合
音だけでなく、Atatakはジャケットアートやプロダクト・デザインにも強い美学を持っていた。レコードの装丁はしばしば現代美術的な実験場であり、音と視覚の境界を越えようとする試みが随所に見られる。
たとえば、Der Planのビジュアルはバウハウス以降のドイツ的モダニズムの影響を感じさせる一方、漫画的ポップカルチャーも内包している。この「二重のコード」は、今見てもまったく色あせない。
4. Atatakの現在地と再評価
2000年代以降、Atatakの作品は再発やリマスターを通じて再評価が進んでいる。とりわけ、Mute RecordsやMinimal Waveが手掛けるアーカイヴ的な仕事と連動し、世界的な文脈の中でもAtatakの実験性は注目されている。
また、Der Planは2017年に再結成し、『Unkapitulierbar』をリリース。往年のファンのみならず、若い世代にも新鮮なショックを与えている。
最後に:Atatakの精神とは?
Atatakとは単なるレーベルではない。それは、「音楽=商品」の図式に抗する知的プロジェクトであり、実験の場、遊び場、そして哲学の器だった。その活動の多くは時代から取り残されたように見えるかもしれない。だが、“ズレたもの”こそが時代を突き抜ける力を持つという事実を、彼らは証明している。
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